Chic Chicks *Salon de The

- 小さな旅 -

仕事で出かけてちょっと寄り道をした時のことを綴ってみました

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光と影の島

ヴェネツィア(イタリア)

  

マルコ・ポーロ空港からボートに乗り海から上陸する、それがはじめてのヴェネツィア訪問でした。
空港を降り立つと同時に感じた湿気を帯びた風と水のにおい。乾燥したイタリアの内陸地では感じたことのない空気に心はわくわくとふくらみます。
憧れのヴェネツィアへ向けてボートはアドリア海を進みます。イメージとしてはエメラルドブルーの海を想像していました。が、これは期待が自分勝手に膨らませたものに過ぎませんでした。そしてもう1つの勝手なイメージ。そのボートに気だるく佇む私のバックにはマーラーの交響曲第5番第4楽章「アダージェット」が流れる・・・。が、ボートの大きなエンジン音にしっかりと現実に留められました。おこがましくもそれはヴィスコンティの世界にのみ許されるものでした。
左手リド島に大きなCAMPARIの赤い文字、正面にサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会の大小のクーポラ、右手にサン・マルコ寺院の鐘楼が近づいてくるといよいよヴェネツィアです。

ヴェネツィアは不思議な錯覚に陥る町です。その水に囲まれた中世の町で車を見かけることがないからでしょうか、そこが実在の町で今が21世紀であるということに慣れるまでしばらくの時間を要するのです。
店先を覗くとヴェネツィアンガラスやビーズ、レース、マーブルプリントの紙、織物、カーニバルの仮面、果ては本の表紙まで美しい物ばかりが溢れています。そして、夕暮れのサン・マルコ広場のカフェに座ると、それぞれのカフェが仕立てた楽団の生演奏が流れる中を時折心地よい海風が頬を撫でる、そこに時を告げる鐘の音が鳴り響くのです。美しく飾り立てられた舞台にでも迷い込んだような、日常の生活からかけ離れた夢さながらの空間に身を置いている現実をなかなか実感することができない、そんな町でした。

カルパッチョ、ティントレット、ティツィアーノに代表されるヴェネツィア派絵画の時代は14〜18世紀。ガラス工芸はそれ以前に東方から伝わってきていました。光と影が交錯するヴェネツィア派絵画はガラスを通して映るアドリア海の強い日差しからインスパイアされたものなのでしょうか。あの絵の具に出された赤とあのゴブレットの赤のトーンは同じ?
そんな想像をめぐらせるだけで楽しくなってきます。

ヴェネツィアの守護聖人は四人の福音書記者の中で最も古い著者と言われている聖マルコ。その聖マルコのシンボル、有翼の獅子とはヴェネツィアの旗であったり像であったり装飾であったりと至るところで出会います。聖マルコに守られているなんて聖ペトロ&聖パウロコンビのローマにもひけを取らない心強さです。

北の船着場フォンダメンテ・ヌオーヴァから、途中墓地の島サン・ミケーレ島を横切り、ラグーナを北東に向かって約40分。ヴェネツィアン・レースのブラーノ島に到着しました。ヴェネツィア本島から距離にしてたった9kmというのに、そこは金色の華やかさと人々の喧騒に包まれた本島とは全く違い、人々の生活を感じるのんびりとして素朴な島でした。
青空の下、色とりどりの家が並んでいます。漁師たちが霧の中からでも遠くから自分の家を見分けられるようにということだそうです。明るく元気なペイントカラーとバランスの取れた配色はイタリアらしい。風にはためく洗濯物までアートに見えてしまうのは気のせいでしょうか?

ブラーノ島から泳いで渡れそうな目と鼻の先、ヴァポレットで5分のところにヴェネツィア発祥の地、トルチェッロ島があります。ブラーノ島ともまた違い、緑と水と鳥の声、自然に囲まれた静寂な島でした。現在の住民は数十人というこの島に5〜10世紀には2万人を超える人々が住んでいたとは到底思えません。
船着場から曲がりくねった一本道を歩いて行くとそのつきあたりにあるのがヴェネツィア最古の教会、サンタ・マリア・アッスンタ聖堂。今回のベネツィア行きのはずせない目的地でした。須賀敦子さんのエッセイに書かれていたこの聖堂のモザイクのマリア像。いわゆる柔らかな優しさに満ち溢れたマリア像とは違うその凛とした力強い慈悲の表情というものを自分の目で確かめたかったのです。船を乗り継いで来た価値がありました。母の持つ強さを思い起こし勇気をもらえたような気がしました。

再びブラーノ島でヴァポレットを乗り換え今度はヴェネツィアン・ガラスのムラーノ島へ。
ガラス一色のこの島では運河に沿ってガラス工房やガラス製品のお店がぎっしりと立ち並んでいます。
観光地の土産店といった雰囲気のお店が多い中で、伝統的な技術で作り上げたクラシックデザインの製品がなんとも素晴らしいお店、新進ガラスデザイナーの作るアーティスティックでモダンな製品のお店を見つけて、それぞれの美しさにしばらくうっとりしてしまいました。美しい物は人を幸せな気持ちにしてくれます。

ヴェネツィアの夏の顔はどこを切り取ってもまさしく色彩豊かなガラスのように美しくキラキラとしたものでした。
その表に見えている一分の隙もない華麗さに、島を町と見せているヴェネツィアそのものと同じ物悲しさをふと感じたのは私だけでしょうか。夜の運河に係留されたゴンドラの岸辺にこすれる音が昼間の賑やかさを演じたあとのため息に聞こえたのは私だけでしょうか。
それに気づかれたことを知ったら高貴で繊細なガラスはパリンと砕けてなくなってしまうような気がして、そ知らぬ振りで用意された舞台に興じてきました。
冬に訪れてみたらまた違う顔のヴェネツィアが見られるような気がしています。次の機会は是非冬に。

(Aug.16.'05記)

● バックナンバー ●
緑のハート(スポレート - イタリア)(Jul..30.'04)
万華鏡の空(ローマ - イタリア)(Jan.21.'04).
聖人と小鳥たちの丘(アッシジ - イタリア)(Jul.28.'03)
静かなる湖畔のひととき(トラジメーノ湖 - イタリア)(Jun.26.'03)
中世へのタイムトリップ(シエナ - イタリア)(Jun.18.'01)

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