Chic Chicks *Salon de The

- 小さな旅 -

仕事で出かけてちょっと寄り道をした時のことを綴ってみました

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静かなる湖畔のひととき

トラジメーノ湖(イタリア)

  

一年前の夏の夕暮れ、アッシジからフィレンツェへ向かう車窓から眺めた忘れられない光景、ひっそりと静かな湖の向こうへ沈む真っ赤な夕日。 しばらく見とれていました。
いつかあの湖のほとりを歩いてみたい、、、その思いは意外と早く実現しました。
そこはトスカーナとウンブリアの州境にあるトラジメーノ湖。
日本のガイドブックにはほとんど取り上げてもらえないマイナーな湖は、紀元前217年の今頃ハンニバル率いるカルタゴ軍がローマ軍に圧勝した「トラジメーノ湖の戦い」の舞台でした。

降り立ったPassignano sul Trasimenoは改札口も切符売り場もない煉瓦造りの小さな駅。駅員さんの代わりに照りつける暑い日差しとにぎやかなセミの声が出迎えてくれました。
駅の施設は整っていなくても待合のBAR(バール)はある、そののどかさに嬉しくなりました。

地中海気候特有の花、ピンクの夾竹桃を街路樹とした歩道を少し歩くと湖畔に出ました。
湖に浮かぶ三つの島の一つ、イゾラ・マジョーレに船で渡ってみることしました。フェリーは穏やかな湖面をすべり30分程で小さな島に到着します。丘の上の教会が目印です。外周2km程度、道はほとんど未舗装、車は一台もない素朴な島です。唯一全長200m程の短いメインストリートVia Guglielmiだけが杉綾模様に並べられた煉瓦のペイブメントになっていました。シエスタの時間だからでしょうか、まだシーズン前だからでしょうか、島民の姿はなく静まり返っていました。
フェリーから見えた教会にはオリーブ畑の坂道を登ってたどり着きました。炎天下を逃れて入った教会はひんやりとしたオアシスでした。13〜16世紀に描かれたフレスコ画が半分消えかかって残っていました。
教会の裏手の山道を下ると船着場のほぼ反対側、アッシジの聖人フランチェスコが40日40夜の断食をしたと言われる湖岸に出ます。白鷺がたたずんでいました。魚が跳ねました。セミが鳴いています。フランチェスコの愛した自然がそのままに残っているようないいところでした。
一周して村落に戻ってくると先ほどとは違って島民の姿を見ることができました。くったくのない笑顔の子どもたちは机の上におもちゃを広げて遊んでいます。老婦人たちは家の前に椅子を出してアイリッシュレースを編んでいます。ゆっくりと時が流れるこの島は都会の喧騒とはかけ離れた別世界でした。

イゾラ・マジョーレに別れを告げて湖畔のホテルに向かいました。町から1kmほど離れているだけあってロケーションは最高でした。ほとんどが長期滞在のヴァカンスで訪れている人々でした。夕風の入るホテルのテラスレストランでいただいたウンブリアの特産物、黒トリュフのパスタで至福の一日を終えました。

翌朝は朝日が昇るころ小鳥たちのさえずりで目が覚めました。早朝の湖が見たくてプライベートビーチへ出てみました。朝焼けが湖面を赤く染めるシーンから始まり、まるで緻密に脚色された映画でも見ているかのように次から次へと新しいシーンが展開されます。
水鳥の群れが一斉に飛び立ちました。澄んだ朝の空を大きく羽ばたいて旋廻しています。気持ちよさそうです。オレンジのくちばしを持つ黒歌鳥が朝ごはんにトンボをくわえて草むらから出てきました。今朝のさえずりは美声を誇る彼らの歌声だったのでしょう。続いてスズメたちが水辺にやってきました。こぼれ落ちそうなミモザの周りには蜜を求めてハチが飛び交っています。
岸から10m程先に何かが浮いていました。最初は木片かと思っていました。が、よくよく見ると口をもぐもぐ動かし、細い尻尾が湖面に出たり入ったり?カワウソのお食事中でした。しばらくするとスイスイと泳いでどこかへ行ってしまいました。
気がつくと陽の位置はずいぶん高くなっていました。まったくあきることのない湖畔の朝でした。

お昼前の列車まで、芝生のパラソルの下デッキチェアに寝そべって本を読むことにしました。朝から途切れることのない小鳥たちとセミの合唱、湖を抜けてそよぐ心地の良い風、強い日差しを受けてキラキラと輝く湖面、、、まるで夢の中かと見まかうような現実。活字を追っている場合じゃありません。列車を一本遅らせることにしてとろとろと微眠みました。ほんのいっときでもこんな贅沢な空間と時間を持てたことに感謝しました。

駅へ向かう途中、その歴史は紀元前エトルリア時代に遡るパッシグナーノの町に入ってみました。傾斜のきつい石畳の坂道がくねくねと小さな丘の上まで続いています。古い石造りの家が両側にそびえ立ち谷間を歩いているようでした。窓の外の洗濯物や八百屋さんの店先がそれらしく絵になる、それがイタリアです。
スーパーで駅までの道順を尋ねました。レジ係の女性がわざわざ外へ出て身振り手振りで教えてくれました。こういう温かさに触れられるのも英語の通じない田舎町での楽しみです。一年前、車窓から憧れた湖は期待以上に素敵なところでした。

(Jun.26.'03記)

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中世へのタイムトリップ(シエナ - イタリア)(Jun.18.'01)

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